高機能炭和歌山研究所 所長中田稔様が、国際ジャーナリスト堤未果氏より取材を受けました。
東洋経済オンライン記事を下記に掲載いたします。
食料危機や健康不安「土が解決する」決定的理由
「日本の土」が持つ"とてつもないポテンシャル"
堤 未果 : 国際ジャーナリスト
なぜ今「土」なのか
――気候変動問題に関して、さまざまなテクノロジーによる解決が試みられるなか、なぜ「土」に注目しているのでしょうか。
いま気候変動をめぐって世界各国で「肉食をやめて人工肉にシフト」「環境破壊の要因である畜産を減らすべき」という流れがつくられています。欧州では「牛を減らせ! 農地をわたせ!」と、「生産性」以外の家畜や農業の価値を完全に無視した政府の強硬策に、反発した畜産農家の大規模デモが広がっています。
これが何を意味しているか? 強硬策の根底には、問題を起こす“欠陥品”は排除すればいいというモノカルチャー(単一栽培)の考え方があります。もはや限界まで進んだ大量生産・大量消費という食のあり方を見直すことなく、環境のために代替肉や培養肉に置き換えればいい、効率よく太らせたゲノム編集魚なら世界は養える、といったテクノロジー万能論は、木を見て森を見ていません。
そもそも温室効果ガスがこれだけ増えた要因の一つは、世界中で進められた近代農業革命ーー大規模化・工業化した大規模単一栽培によって、土が劣化し、本来の炭素固定能力を失ったことにあると明らかになっています。弱った土は大量の化学肥料を入れなければ作物が育たないし、表土が流失しやすい。
新型コロナウイルスのパンデミックやウクライナ危機などによる流通停止で世界的に肥料や農薬が手に入りづらくなるなか、実はいま、食糧危機と環境再生の切り札はズバリ「土」だという考え方に、世界から注目が集まっているのです。
――「土」が切り札とは、一体どういうことでしょうか?
「リジェネラティブ・アグリカルチャー(環境再生型農業)」といって、農業も畜産も、生命の循環のなかに位置づけ、土壌の修復・改善による環境再生に力を入れた取り組みが、各地で拡大しています。
例えば「カバークロップ」という、収穫と次の作付けの間に、畑を裸にせずマメ科植物などの被覆作物を植えることで、土壌を保護し、ミミズやモグラが生息しやすくし微生物を増やす手法があります。
窒素をたっぷり土中に閉じ込め、次に植える作物の肥料にもなることから、環境に配慮し、高栄養価の作物を育て、多様性のある長期輪作を可能にするローカル経済の起爆剤として、アメリカのアイオワ州を中心に続々と取り入れられ、議会でも注目を集めています。
――非常に面白い試みですね!
これまでの近代的手法とは真逆の、生態系に配慮して地域内で循環させる持続可能な農業にシフトする「アグロエコロジー」という考え方が世界各地に広がってきていますが、これは日本には、昔から当たり前のようにありました。
豊かな森林や水田に囲まれ、虫や鳥や雑草も含め、すべてに神が宿るとするアニミズムの生命観を引き継いだ農村中心の日本では、有機農法は単に農薬を使わないというだけでなく、循環の思想そのものでした。とても多様性に満ちていて、全国で多くの方々がさまざまな知恵で実践してきたのです。
例えば「高機能炭」を使うある田んぼは、化学肥料を一切使わないのに、周りと比べて色艶がよく茎も太くて長いイネが育っていました。日本人に馴染みの深い炭は、高温で焼いて完全炭化させた無機炭になると、まるで快適な高級アパートのように微生物がのびのび増える環境をつくるのです。この炭化装置をつくっているのは、日本の中小企業でした。
高機能炭和歌山研究所の中田稔所長は、落葉と高機能炭を混ぜた真っ黒の土を畑にまくことで、その土地の土着菌を増やす手法について熱心に語ってくれましたが、ここでのカギもまた、「土壌微生物」でした。
「いくら外から肥料を入れても、地元の土着菌にはかなわない」という言葉が、非常に胸に刺さりましたね。アメリカに住んでいたときは、栄養もお薬も「外から足す」という、近代科学の考え方が主流でしたから、まさに逆の発想でした。
――その土地に固有の土着菌を増やすという発想は、目からウロコです。
すべての土地には、気象条件や水質、土の特性に合った最適な菌がすでにある。そう考えると、作物を画一化し、デジタルで農地も畜産も大規模に遠隔で管理して、という工業型のやり方が最もそぐわないのが「農業」であることが見えてきます。
インドなどで、土壌を守り小規模農業を多様におこなう「農村主体」の手法こそが最も経済的だ、という考えへと見直しが進んでいるのも同じ流れですね。
肥沃な土壌で育った野菜で「血液はサラサラ」に
もう一例あげると、微生物の可能性を最大限引き出す「食」に関するユニークな取り組みをしているのが、菌ちゃん先生こと、「大地といのちの会」の創設者・吉田俊道さん。
この方は長崎県庁に勤務していた際、「農業基本法」に沿って、地域内の農地を消毒する指導をして回っていました。バイ菌と一緒に、土壌微生物は減少し、かえって外敵に弱くなる。何度も使うと効かなくなって消毒回数が増え、栄養が減った野菜ほど虫がつく。そこに化学肥料を入れてさらに土着菌死滅……と、当時は悪循環だったそうです。
「あ、自分が消毒して、土を弱くしていたんだ」と気づいた吉田さんは、退職後に自らの畑で、県庁時代とは真逆の方法を始めました。消毒や農薬散布は一切せず、発酵させた生ゴミや雑草を菌と一緒に畑に撒いたのです。すると土壌微生物が元気になり、ミネラルが増えた生命力あふれる美味しい野菜を食べたら、腸の調子もよくなってきた。
そこで全国の保育園や小学校で、土壌を発酵させる「菌ちゃん野菜づくり」指導を開始、腸内微生物を元気にする菌ちゃん給食メニューも提案してみました。その結果、子どもたちの平熱は上がり、ドロドロに固まっていた赤血球がきれいになる等、驚きの結果が続々と出てきたのです。
――それは興味深い事例です。
「食べたものが私たちになる」という言葉は、本当だと改めて実感しました。肥沃な土壌で育った野菜を食べている菌ちゃん先生はとっても生命力が強くて、話しているだけで元気をもらえるんですよ!(笑)。私たちは皆、微生物に生かされているんですね。
今回「土壌の持つ力」の取材は、胸が熱くなる瞬間の連続でした。中でも、立正大学地球環境科学部の横山和成特任教授に、「世界の土の肥沃度の比較でトップの記録を叩き出しているのが日本の土」だというデータを見せてもらったときは、本当に感激しました。単位面積で農薬使用量が多い国でありながら、日本には、とてつもないポテンシャルを秘めている土壌が、まだまだ足元にたくさんあるんです。
〈「土」が変われば、日本はきっと元気になる〉、そんな希望が湧いてきました。
「何を食べるか」ではなく「どう食べるか」
虫にも鳥にも草木にも価値を認めてきた日本人の自然観において、かつて昭和天皇がおっしゃったように「雑草という草はなく」、福岡正信氏の提唱した「足し算ではなく引き算を軸に自然に委ねる」知恵は、近代化の大波の中でも決して消えずに引き継がれてきました。
人間の都合で人工的に操作するのではなく、自然を尊び、その力を借りることで、食べ物として命を頂戴するという叡智が、日本人の精神の根底にはずっとあったのです。
土壌微生物を減少させて土を弱らせるのは、いろんなタイプの子がいるクラスを、学校が無理やり同一にしようとするようなもの。一見管理しやすいようで、個性を殺してしまうので一人ひとりの子の持つ力は出せなくなり、弱くなってしまいます。さまざまな微生物がいる土壌が病気や災害に強いと知ったとき、多様性に満ちていた母校の教室を思い出しました。
社会だって、みんながそれぞれの居場所からささやかな力を発揮できる共生型のほうが有事に強いですよね。土壌と腸は同じ、「教育」も同じだと思いました。
だから、これから大切なのは「何を食べるか」ではなく「どう食べるか」。それによって私たちの価値観はつくられ、それが文化になり、社会全体の方向性を作り、文明そのものになっていくからです。
「食料危機」に「気候変動」などの不安が煽られる今、テクノロジーで新しいタンパク質をつくり解決する、という狭い方法論ではなく、生きとし生けるものの循環と文明史的スケールで「食」を捉え直すと、日本が持つ、目に見えない宝の山がはっきり見えてくるでしょう。
大切なものを守るのは今しかありません。世界が模索する道への大きなヒントは、私たちの足元にあるのです。
※東洋経済オンライン記事より
SHOPひじりこ
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